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古代史ネットkodaisi.net は橘氏について調べたのがきっかけでした。倭奴(いの)国初代天照大神の天石門別八倉姫や天石門別手力男命と各地の天の岩戸なども調べています。
「倭国」は「いのくに」阿波徳島か?倭奴国王は「いの」国王

伊勢神宮内宮の西殿には撞賢木厳御魂天疎日向津比賣と東殿には天手力男命こと向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊が祀られています。
倭国「いのくに」徳島と国栖=胡人の王・向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊
「倭国」は「いのくに」阿波徳島か?倭奴国王は「いの」国王

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2021年8月10日火曜日

大嘗祭の年の日蝕と月蝕

 
2019年は大嘗祭の年です。
平成の御代から、令和へと新しい時代が始まりました。
 
今回は上皇さま御存命のうちの御代代わりで、おめでたい感じがしたのですが、
普通は天皇崩御から、天照大神が天の岩戸に隠れたことを連想してしまいます。
 
古事記や日本書紀の卑弥呼が天の岩戸に籠ったのは日食のことだと言われています。
天石窟(あまのいはや)に入りまして、
磐戸(いはと)を閉さして幽もり居ましぬ。
故かれ六合(くに)の内常闇(とこやみ)にして、
昼夜(ひるよる)の相代(あひかはるわき)も知らず・・・
 
そして岩戸から新たな太陽神が出てきたのは
日食が終わって、光が差したことだとされています。
 
それで、日本でも暦を改めるのは
「特に日の隠れることを遠慮して、食は起こるも夜の側にあり」と
日食が起こっても、夜に起こるときに改元したそうです。
 

「天皇一代の天文暦法を選定する儀式を太歳と言う」
「太歳は至日分日立日が朔望と正しく一致する年を選ぶ。ところが朔望であるから、年により日月の食と一致する本質的現象が伴う。従って、特に日の隠れることを遠慮して、食は起こるも夜の側にあり、又」
『儺の国の星拾遺』より
 

古代では春分の日を元旦としており、2020年3月19日までを旧年としていたので、
古代人の感覚では、2019年3月21日から2020年3月19日までが即位の年
旧暦では2019年二月五日から2020年1月24日まで
広くとって、2019年二月五日から2020年3月19日までが即位の年
 
2019年二月五日から2020年3月19日までの日食・月食を調べてみると
 

新天皇即位の年の日食・月食

2019年二月五日から2020年3月19日までの間に、日食・月食は
 
平成31年/令和元年 (2019) は、日本では日食が2回、月食が1回見られました。
1月6日    部分日食
日本では全国で部分食を見られるが、東日本や北日本では日入帯食となる。
(日入帯食とは、日食で太陽が欠けたまま地平線に沈んでいくこと)
7月17日    部分月食(未明の部分月食)
日本では一般に、南西諸島・九州地方・四国地方(東部を除く)・中国地方(東部を除く)で月入帯食となる
月入帯食とは、欠けた状態のまま西の空に沈む、月入帯食
月食のとき、月が欠けたままの状態で地平線や水平線に沈んでいく現象。
「月没帯食」ともいう
12月26日   部分日食(金環日食)
日本では全国で部分食を見られるが、東日本や北日本では日入帯食となる
 
ということで、日食も月食も起こったが
いずれも「月も太陽も部分食で、食は夜にかかる」年の新天皇即位ということになります。
 

太歳の年としては良い年

太歳の年としては良い年とされることになります。
 
その前後の 2018年と2020年では
平成30年(2018)は皆既月食が二回で、日食は見られません。
1月31日~2月1日    皆既月食
7月28日    皆既月食 (日本では全国で月入帯食が見られる。とくに北海道(南西部を除く)、青森県北東部、岩手県北東部では皆既食が始まる前に月が沈む。)
 
今年2020年 も、日本では日食が1回のみ見られる
2020年6月21日   金環日食 日本では全国で部分食
 
令和 3年(2021)も日本では月食が2回のみで、日食は見られません
5月26日   皆既月食
11月19日   部分月食
 
 
「天皇一代の天文暦法を選定する儀式を太歳と言う」とあり、
太歳とはアンドロメダ星雲のことだそうです。
<<参照>>

太歳とはアンドロメダ星雲

神宮皇后の時期に、春分の前後に日蝕が重なり、暗くなった空にアンドロメダ星雲が輝いたことから、「太歳の星」と呼ばれることになったそうです。
元寇・蒙古襲来の亀山天皇の春分の前後にもまた日蝕があったそうです。
日本も蒙古も全く同じ時代に同じ趣旨で、アンドロメダ星雲がが春分の正午に太陽と上下に並ぶ年に改元したのだそうです。

https://tejikarao.kodaisi.net/andromeda

 
ずっと書いてなくてすみません💦

色々と、書けないことばかり勉強してました m(__)m