先日、天河弁財天の鬼の宿の御神事に参加してきました。
七年位前までは、誰でも宮司様宅で行われる鬼迎えの御神事に参加できたのですが、最近は人が増えて、入りきらないので、天河神社での御神事のみ誰でも参加でき、一般参加者は参加できなくなったそうです。
それで、鬼迎えの御神事の間は、宮司様が司会をされて神社で真言を唱えながら間を持たせて鬼迎えの御神事が終わるのを待って、参集殿でなおらいがあって、お開きでした。
三十年まえくらいから、あるのは知っていたのですが、あの頃の天川村は冬に行くのが大変そうで、参加しようとは思わなくて、それでやっと今年、参加できました。
戸隠神社の九頭竜弁財天さんは天河弁財天から分祀された
その御神事の次の日、節分祭の宮司様のお話では、昨日から天河弁財天の弁天さまは、九頭竜弁財天となられたとおっしゃってました。
九頭竜弁財天は長野の戸隠神社の手力男が祀られている奥宮の九頭竜さんでもあります。
奥宮の九頭竜弁財天さんは天河弁財天から分祀されたものだそうです。
戸隠神社に参拝したときにお伺いしたのですが、
明治の廃仏毀釈のときに、奥宮に祀られていた九頭竜弁財天さんは、氏子さんたちによって隠され、もし口外するとどんな目にあわされるとも限らないから、誰が何を隠して持っているかをお互い秘密にしようということになって、それぞれ氏子さんたちは九頭竜弁財天さんの像などを各自の家に隠して守っておられたそうです。
それを子孫の人にも口外しなかったために、忘れ去られていたものもあったが、夢などのお告げで九頭竜弁財天の像が再び日の目を見ることになったそうです。
佐藤愛子著「私の遺言」と戸隠神社中社中谷旅館さま 参照
久山旅館さんの九頭竜弁財天さん 戸隠神社の機関紙の「あをがき」より
戸隠神社の奥宮で手力男とともにあるのが九頭竜弁財天さんです。
現在の天河弁財天神社の宮司様は柿坂宮司様で、その先祖の井氏とか角氏とかは、井光姫がご先祖にあたるんです。
井光姫の子孫の豪族の井角乗さんが役小角の弟子であったために、天武天皇に役行者を紹介したそうです。
鬼の宿の「鬼さま」は井光姫の子孫なのです。
手力男にとって井光姫は親戚というか妻の連れ子の嫁にあたります。
手力男命・手力雄命 天照大神の夫 天手力男の系図とまたの名 より
四国の伝承ではこういう系図になるようです。
初代天照大神の八倉姫(吉野では大倉姫またの名を下照姫命)
****┣┳丹生都姫(二代目天照大神・阿波大神・国栖の祖)
****┃┗石穂押分命の子(吉野國巢之祖 大蔵神社の氏子さんにいただいた資料では「進雄命(ススメオの命)」?)
手力男(またの名を石穂押分命など)
****┃
豊玉姫(手力男の次妃)━椎根津彦(倭宿祢)豊玉姫の連れ子
*********************************┃
*******************************井光姫
手力男の次妃の豊玉姫の連れ子の倭宿祢と結婚したのが井光姫になります。
井光姫の
いひか・いかり は、万葉仮名で
井開・猪飼・犬飼 と表記されます。
https://tejikarao.kodaisi.net/inukaisama
手力男の娘の丹生都姫命は「国栖の祖」とされています。
国栖とは「九頭」とも表記されます。
国栖の祖の丹生都姫も「犬飼さま」であり、
井光=犬飼なので、井光姫も「犬飼さま」であったのです。
国栖は九頭竜の九頭
国栖は九頭とも表記されました。
国栖がたくさんいる吉野には九頭神社がたくさんあります。
国栖龍は九頭竜でもあったのです。
九頭神社
奈良県の天理市・宇陀市・桜井市などに多数ある
石上神宮や大兵主神社、三輪山、竜王山などの周りにある。
九頭神社のご祭神は九頭=国栖であることから、国栖と関係するのだろうと思って調べた。
もっと範囲を広げると、紀ノ川沿いの国栖の祖とされる手力男の娘の丹生都姫の紀伊國一宮の丹生都比売神社近辺から、紀ノ川を遡って、奈良に進出していった国栖たちのルートがわかる。
天河弁財天が日輪弁財天だというのは知っている方はご存知ですが、
日輪弁財天さんから、九頭竜弁財天さんに交代されたのだろうか?
それとも、日輪弁財天さんが九頭竜弁財天さんになったのだろうか?
天川から帰ってきた夜、異形の精霊が前触れとなって、その後、瞼の裏に龍の胴体がたくさんうごめいているのが見えたので、あ、これは天川の九頭竜弁財天さんだと思った。(気のせいか夢かもしれないが)
丹生都姫は「国栖の祖」とされていて、二代目天照大神であったので、これからは「九頭竜=国栖龍」の時代になるのだろうか?
皆既日食の後、天川の弁天さんは九頭竜弁財天さんになったので、新しい時代が始まるのだなあと思った。
(写真は後でアップします)
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