加筆修正があります
天岩戸立岩神社
天岩戸立岩神社
徳島県名西郡神山町鬼籠野字元山
名西郡神山町(みょうざいぐん) の元山の山頂
ご祭神 志那都比古・志那都比売・弥都波女神(水の女神で水銀朱にも関係す)
生憎と大寒波の日にこの寒い所に行ってしまいました。
山の上なので、寒いのなんの、風邪を引いて記事の更新が捗りません。上は雪が多かったです。


手摺に触ったら手が金属にくっつきそうなくらい寒かったです

最強に寒かったですが、岩陰に入った瞬間暖かく、母体回帰したような気がしました。

今回はバスで佐那河内の近くまで行って歩こうかと思っていたのですが、雪でこれはダメだと思ったら、佐那河内村役場の方がご親切にも天石門別神社と立石神社までお車で連れていってくださいました。
ありがとうございました。お礼に色々アイディアを出してお送りすることにしました。
陰陽二つの立石神社
山方比古神社の裏の「天津摩羅」(あまつまら)と呼ばれる男根岩に対して、立岩神社の磐座は女陰とされるそうです。
なんでもこの二つの立石神社の中間の、ロクロ山の山頂には石組の祠があるそうです。
ロクロ山は渦を意味していて、イザナギ・伊邪那美の国生み神話を象徴しているかのようです。(下記参考図書参照)
私はこれを図にすると、まるで隼人の盾のようだと思いました。陰と陽、天と地、などロクロ山が中心にあって、ペアになるエネルギーが存在しているかのようです。

下の図は橘香道さんの本からです。これを思い出しました。天鈿女も渦の女です。

手力男とアメノウズメがペアになって、天石門別八倉姫神社の松熊社にいます。
八倉姫もアメノウズメなのかもしれません。
四国や大和で手力男を象徴するのは三つの石のようでした。
三つのものといえば、三輪山の三本杉であり、出雲大社の「うづ柱」でした。手力男を象徴するものが「うづ柱」と共通なのは偶然なのでしょうか?

「倭は阿波のことか?」の箇所は
https://tejikarao.com/inokuni-awa
に移動しました。
級津彦は手力男の元の名(天岩戸立岩神社のご祭神について)
重複するのですが前の記事より引用です。
神奈備さんによると、志那都比古・志那都比売の級津彦は手力男の元の名だそうです。
シナは琉球方言で「太陽の」という意味であり、それからすると「太陽の男」と「太陽の女」であり、手力男の系図5 太陽の男「級津彦」手力男と羽羽姫こと丹生都姫 参照 、太陽の女は天照大神ということになります。
また弥都波女神は後世に弥都波女神とされた手力男の娘の羽羽姫こと丹生都姫であり、二代目天照大神である(手力男の系図5 太陽の男「級津彦」手力男と羽羽姫こと丹生都姫 参照) 豊姫にあたります。
『延喜式』神名帳では土佐国吾川郡に「天石門別安国玉主天神社」の記載があり、天津羽羽神の父の天石門別神を祀る神社とあり、天津羽羽神の父神は手力男のことであり、親子関係もあっています。
なので 天岩戸立岩神社 のご祭神は天照大神と手力男と娘の豊姫こと豊受大神(?)の三柱にあたるのではないでしょうか?
天岩戸別神社の元宮が天岩戸立岩神社ですので、そうすると天岩戸別神社のご祭神の天照大神と手力男と豊受大神にぴったり当てはまります。
吉野の
岩神神社 吉野郡吉野町矢治 岩穂押開神(石押分いわおしわく命・手力男)は巨大な岩がご神体でした。

四国から紀州に進出した手力男の一族はやはり岩神をご神体として祀っていたようです。
『阿波風土記』によると天から降ってきた山の大きい方が阿波に落ちて来て、天の元山といい、小さいほうが天香具山に降ってきたという。
前回行った天香具山の天岩戸神社のご神体も三つの岩だという。
この後ろにあるらしい 天香具山3 天岩戸神社の七本竹とシリウスと昴乙女と
手力男を象徴するのが真ん中の石が後ろにある三つの石のようです

下の写真は奈良の天香具山3 天岩戸神社 の磐座です。

更に、吉野の吉野郡吉野町矢治1の岩神神社岩穂押開神(石押分いわおしわく命・岩穂押開命)の三石が下の写真です。ご祭神は手力男です。

そっくりでしょ? 吉野、奈良にも手力男たちは進出していたようです。
やはり手力男の一族が大和にも進出したということでしょう。そして星に関係しているようなのです。

雪が積もってて、この場所には登れませんでした。落ちたら死ぬでーの世界でした。



こんな道を行きます。落ちたら死にます。
参道入口の石灯篭

天岩戸別神社(三社皇大神宮、三社様、三所様)天石門別豊玉姫比売神社の元社(予習)https://tejikarao.com/ameiwatowakejinja より
まだ写真など、記載途中です
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