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古代史ネットkodaisi.net は橘氏について調べたのがきっかけでした。倭奴(いの)国初代天照大神の天石門別八倉姫や天石門別手力男命と各地の天の岩戸なども調べています。
「倭国」は「いのくに」阿波徳島か?倭奴国王は「いの」国王

伊勢神宮内宮の西殿には撞賢木厳御魂天疎日向津比賣と東殿には天手力男命こと向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊が祀られています。
倭国「いのくに」徳島と国栖=胡人の王・向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊
「倭国」は「いのくに」阿波徳島か?倭奴国王は「いの」国王

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2022年3月21日月曜日

後漢書東夷伝と三国史記高句麗本紀の倭奴国と倭那国

FBでご質問いただいたので、まとめてみました

 

後漢書東夷伝では高句麗五部を「~奴部」と記し
三国史記高句麗本紀では「~那部」と記す

 

福岡県に「那の津」「那珂川」などがあるので、

倭奴国は倭那国だったのかもしれないということでした

 

それで調べてまとめてみました

倭奴国の「奴」は格助詞の使用例

格助詞「奴(ぬ・の)」は(例.イヌマキ(倭奴槇)や倭奴国(いぬ(の)国)など)の

「~の」という意味で使われています

手力男=倭狭府(いさふ)の魂命 の陵墓

天石門別神社(天岩戸別神社、三社皇大神宮、三社様、三所様、天石門別豊玉姫比売神社の元社) より

 

それに対して

「那の津」「那珂川」「儺の国の星」「那賀川」は名詞としての使用例

「那の津」「那珂川」「儺の国の星」「那賀川」は名詞としての使用例です

名詞の「な」の時(「那の津」「那珂川」「儺の国の星」「那賀川」など)と格助詞としての「奴」は分けて考えたほうが良い気がします。

<三国史記高句麗本紀の名詞の使用例>

朱那、桓那(名詞)
などがあります。

おっしゃっている「那の津」「那珂川」は名詞として使われてますのでこちらです

 

これに対して「~の」という格助詞として使われているのは

<三国史記高句麗本紀の格助詞としての「奴・那」の使用例>

脱解本多婆那國所生(多分???)
部(又稱絕部)
沸流部(又稱消部)
部(又稱順部)
部(又稱灌部)

 

「奴・那」は全て格助詞として使われています

(~のという意味)

 

なので

格助詞として倭奴国を倭那国と記すものは残って無いけど、

存在したかもしれませんね (残ってたらごめんなさい💦)

・・・なんだか論文ちっくになってきた・・・・