古代史ネットblogger版

古代史ネットhttps://kodaisi.net のblogger版です。画像が上手く移動できていないものもありますので、ご了承くださいませ。


古代史ネットkodaisi.net は橘氏について調べたのがきっかけでした。倭奴(いの)国初代天照大神の天石門別八倉姫や天石門別手力男命と各地の天の岩戸なども調べています。
「倭国」は「いのくに」阿波徳島か?倭奴国王は「いの」国王

伊勢神宮内宮の西殿には撞賢木厳御魂天疎日向津比賣と東殿には天手力男命こと向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊が祀られています。
倭国「いのくに」徳島と国栖=胡人の王・向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊
「倭国」は「いのくに」阿波徳島か?倭奴国王は「いの」国王

サイトを間違えて一度消してしまい、新しい記事を消してしまいました。 また記憶を頼りに書き直しますので気長にお待ちください・・・・
リンクは歓迎致します。
ダウンロードは禁止します。ダウンロードされた場合は1ページにつき一万円頂きます。
参考にされたら著作権法にのっとり、サイト名または記事名にリンクを貼ってください。    © 古代史ネット

・。;+;☆;+;。・゚・。;+;.。o○o。.★.。o○o。.☆☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚

©古代史ネット kodaisi.net

2021年8月10日火曜日

真清田神社のご祭神は国常立尊

真清田神社のご祭神は国常立尊

 

「真清探當證」では、真清田神社の祭神は火明命の祖、国常立だと記されています。

それを読んで、鎌倉初期の「総社明神は尾張の国中嶋郡真清田社祭神大巳貴命にて、当国の一の宮なり。」という記述を思い出しました。

 

「和歌山市直川(のうがわ)にある丹生神社(にうじんじゃ)は
1192(建久3)年 紀朝臣實俊が尾張国熱田神を勧請し直川郷の総社とします。」

丹生社、総社の両神社は村中に在り一村の産神なり。
社傳に丹生明神は丹生津姫神なり。総社は尾張国熱田の神とある。 丹生神 は本国神名帳に正一位直姫神とある。
当丹生神社は高野の丹生大明神を里上山に勧請して祀りしを、天正年間に今の 地に移し祀る。里上山に丹生の段と云う舊跡がある。
総社明神は尾張の国中嶋郡真清田社祭神大巳貴命にて、当国の一の宮なり。

同神を建久二年に直川郷・紀朝臣實俊当所の領主となりたる時、勧請して直 川郷の総社とす。
古くは当社の前、東西に馬場あり、その東を的場といい、神事に走馬ありし跡 なり。
その祭禮に桃弓棘矢にて武者試馬流鏑馬に悪気を射し所、後世的場と云う字遺 称あり。
旧直川は東西両村に別れ、丹生社は東に祭る神なり。天正年間に総社境内に移 し、それより両社を同所に祀る。一村の産神と祭祀する。」丹生神社(にう)https://kamnavi.jp/ny/musonew.htmより

 

この文書が書かれたのは鎌倉初期で、少なくとも平安時代や鎌倉初期までは真清田神社が日本一宮だと思われていたようです。

「真清探當證」によると、仁賢天皇と顕宗天皇が隠れ住んでいたこともあり、それ以来、少なくとも鎌倉初期までは真清田神社が日本一宮という認識があったようです。

鎌倉初期まではそうだったのが、今は伊勢神宮になってます。
大巳貴命=熱田神、は苗族の言葉ではナムジィ=最高神、シュメール語のイシュタルの夫の一人・ドゥムジから来ているようですから、鎌倉初期までは日本の最高神は大巳貴命だという認識があったようです。

熱田・阿多は、あた・ATAで、川崎真治氏の「謎の神アラハバキ」では、シュメール語では父を「アヅ」・「アッダ」ということから、阿多・熱田神=父神、ということになりそうです。

 

大巳貴命は真澄探當證では真清田神社の祭神としている国常立と同神でしょう。

籠神社では、天照大御神は国常立であり、豊受であり大巳貴命とされていますから、同神ということになります。

「真清探當證」でも、落ち延びた二皇子の叔父彦主人王(ひこうしおう・応神天皇五世孫)が落ち延びる時の仮の名を阿多彦としたことから、二人の「父」だということにして、落ち延びたのでしょう。

主人=ナムジ=熱田・阿多神=父神ですから、吾田彦=彦「主人」王ということにしたのでしょうか。

「真清探當證」では真清田神社の由来を、黒田神社だと皇子たちに誤魔化して野宿して、黒田神社(真清田神社の旧名)についたときにここが本当の黒田神社とは言えなくて、真黒田神社だと言ってから名前を変えて、真黒田にして、後に真清田にしたそうです。

ちなみに、真澄は川崎真治氏の「謎の神アラハバキ」によると
中国の甲骨文字で「十乙」と書き、

シュメール語でバル・ウツと読み、

中国では甲乙と読む。

日本古語ではバル・ウツ・グブ・ラー「輝く日・日の出の日神」が、マシュ・ウ・ユム・イーからマスミに転じ、漢字の真澄が当てられたそうです。

もし、古書などで、古代文字で何千年前に書かれたとされているものでも、「真澄の鏡」と書いたときからなっているものは、後世になって書かれた偽書かもしれません。

 

古代文字は菅原道真公が伊勢神宮に納めた短冊にも書かれており、古代文字はあの時代の人で、知っている人もいたということです。

 

「輝く日・日の出の日神」というと、丹生都姫です。
丹(旦) ウツ姫ですから、丹生都姫は朝日が昇る太陽女神です。

旦は太陽が地平線から昇るのを表した字で、ウツは、乙

乙姫の乙も「日・太陽」という意味だそうです。
鈿女も「日・太陽」の女、日女ということになります。

宇都宮の宇都も同じだそうです。
出雲大社の宇津柱もそうです。

語源からしても、ナムジは主人・地主・主という意味ですから、阿多神・熱田神=大巳貴命=国常立となります。

真澄探當證では真清田神社の祭神としている国常立と同神です。まとめると、

主人(ヘブライ語でバール)=大巳貴命(尾張一宮大神神社祭神)・ナムジ(苗族の言葉で最高神)=熱田・阿多神=父神=国常立(真清田神社の祭神)

輝く日・日の出の日神(バル・ウツ・グブ・ラー、真澄)=天照大御神=国常立(真清田神社の祭神)

ともいえます。

ちなみにヘブライ語では、天照大御神はババル=バール、
アラハバキはアル(神)ハバキ(バ=輝く、ハル神とキ女神=春木神=春日明神)です。

浅学の私が申し上げるのもなんですが、語源から見ると、籠神社の宮司さまがおっしゃることは、正しいです。
本当に日本は世界の吹き溜まりです。

 

私見ですが、大国主と大巳貴は混同されてますが

大国主は出雲族の正王(少名彦が副王だそうです)で、大国主と大巳貴は区別したほうが良いかもしれません。

 

大巳貴は苗族の言葉の最高神のナムジィからナムチとなったのだと思います。

あとから来た大陸からの移民が出雲族と混血して、そちらの方の王を指すときに、「ナムジ・巳貴」と使われているようです。もしくは、元からいたシュメール系のナムジィから来てるかもしれません。