胡人とは
主として西域人をさしたが,北方民族をさしていうこともあった。前者の場合,東トルキスタンの住民のほかに,ペルシア,大食やインド方面のものまでをさすこともあり,またソグドの住民だけを胡ということもあった(コトバンクより)
「胡」は特に「西胡」ともいわれ、西方のペルシャ系民族(ソグド人)を指すようになった。
ソグド人は碧眼で眼窩が深く、高鼻で鬚が濃いという
手力男や丹生都姫の子孫の犬飼明神(狩場明神・大名草彦)は空海と比べると大男だと伝わります。
国栖は胡人?
それで、手力男や丹生都姫は縄文時代に西域から来た西域の人なのかしらんと考えてました。
あるいは出戻りとか?? 大柄でエキゾチックな顔立ちの人達だったのかもしれません。
反対に「カラス」たちは小柄で、
名草戸部たちが移住して、先住者の小柄なカラスたちを山奥に追いやってしまったので、
それでカラスは神武天皇に味方したと伝わるそうです。
住吉さまは色黒小柄な隼人で国栖で、そうすると国栖は小柄な人と大柄な人と両方いたのでしょうかね?
何しろ日本は東の吹き溜まりですから、西からも南からもいても不思議ではないです。
ハワイのメネフネ伝説みたいに、大きい人と小さい人と両方いそうです。
手力男や娘の丹生都姫もエキゾチックな顔立ちか?
さてさて、縄文時代に渡来した国栖が胡人であるとすると、当然、国栖の祖の手力男や二代目天照大神の丹生都姫も胡人だったことになります。
手力男の娘の丹生都姫は楊貴妃ばりの美女だったのか?
こんなんだったりして
丹生都姫の父親の手力男は、碧眼のハンサムだったのか?
手力男想像図 ええの~~~
イケメン過ぎて国外退去になったと噂が出たOmar Borkan Al Galaさん
(Facebookでいいねしてシェア💛) ハンサムは人生を楽しくする
妄想が防草してます。もう防草くんですよ
ハンサムだと妄想するのはいいもんですねえ
しかも船乗りを束ねる海の男で、初代天照大神の旦那様ですよ。
天照大神も面食いだったりして・・・
手力男の子孫の縣犬飼三千代も胡人の血を引く美女だったりして。
不比等、けっこう面食いそうだし。
ちなみに縣犬飼氏と同族の吉備真備のお母さんの八木・夜疑・楊貴氏は楊貴妃だという伝承まであります。
吉備真備のお母さんが楊貴妃の話は本当かどうかわからないけど、楊貴妃と同じく西域の血が入った美女だったのかもしれません。
手長・足長・蜘蛛も手足が長いから
手長・足長というのは背が高くて、手足が長いということで、
手力男は手長男ともいうから、やはり手力男は手足が長い人だったのでは?
土蜘蛛も手足が長い国栖のようです。
国栖のまつろわぬ者たちが土蜘蛛や鬼と呼ばれたのでしょう。
土蜘蛛はサソリ・蠍のことなんですよ
ちなみに、国常立・手力男・橘氏の末裔の我が家は手足も長く長身なほうで、
祖父までは間男と間違えられるホリフカのハンサムだったのですが、
おばあちゃんが入り、母が入りすっかり顔が破壊されてしまって、
ホリフカハンサムな家ではなくなってしまいました・・・
丹生都姫や手力男の祖父(祖母??)の櫛真智命を祀っていて
瀬織津姫に上書きされた武蔵の小野神社の門も鬼たちがいます。
https://tejikarao.kodaisi.net/onojinja-kusimachi
『儺の国の星 拾遺』にも国栖は胡人
『儺の国の星 拾遺』にも国栖は胡人だと書かれています。
https://tejikarao.kodaisi.net/nanokuninohoshi
「胡人を゛こづ゛とよび、国栖、或いは葛生などと書いた。
その庭に必ず罌粟を植える式例があった。万葉の頃は海人の苫屋の風景であった」

名草戸部の骨も大きかったそうで、かといって、以前お邪魔した国栖の方はそれほど大柄な人達でもなかったです。
国栖の集落の方は、わりと小柄な方が多くて、それでいて色白でホリが深い方が多かったような印象でした。
後世に混血が進んで、体格差がなくなってきたのでしょうか?
小柄な人が多いけど、アイヌほどでもないですけど、ホリが深い方が多いなあという印象でした。
そういえば「オレ達はヤマトから来たから、このあたり大和というんだ」という尾張一宮の大神神社の氏子さんもホリが深いお顔でした。
もう一つ、葦舟に乗っていた天御中主こと国常立尊のまたの名を・・・・というというので、やはり国栖は胡人だったのだなあと思いました。
また続きで
寒くなってきたのに、最近、キャンプに出かけたいです。
飛蚊症には外にいたほうがいいのかもしれません。
0 comments:
コメントを投稿